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今日も他人事

今日も他人事

艦これSS「十人十色」



何かおかしい。
姉の翔鶴の様子がいつもとどこか違う、と瑞鶴は思った。
普段通りに振舞っているが、行動の端々で落ち着きがない。
瑞鶴の知る翔鶴は何事もきちんとできるしっかり者だ。

「翔鶴姉、大丈夫?」

瑞鶴の問いかけに、翔鶴は困惑した表情を浮かべた。

「え、どうしたの、瑞鶴」
「どうって。何か夕方ぐらいから様子おかしいよ?どこか具合でも悪いの?」
「別に、どこも悪くないけれど」
「本当に?」
「ええ、本当よ」
「でも、翔鶴姉、なんか変だよ。妙にそわそわしてる感じ」
「そう、かしら」
「うん」
「やっぱり、瑞鶴に隠し事は無理ね」

翔鶴が苦笑した。

「瑞鶴」
「うん」
「実はね、今日、契りの適性が認められたって連絡があったの」

全く予想外の言葉に、瑞鶴は頭が真っ白になった。

「契り、って。あの、契り?限界まで練度を高めた艦娘と提督さんがその、交わるっていう」
「そう、その契り」
「嘘」

瑞鶴は絶句した。
艦娘としてこの世界に転生した際、世の中に対する一通りの知識は自動的に刷り込まれている。
だから、契りを交わす、ということが人間の生殖行為だということも知識的には理解していた。

「それで、翔鶴姉は、その、提督さんと契るの?」

思わず、瑞鶴は聞いていた。

「そうね、どうしようかしら」

言いながら、翔鶴はテーブルの上に置かれていた急須を手に取った。
お茶が二人分、湯呑に注がれる。
翔鶴は無言でそれを啜り、小さく息を吐いた。

「実はね、少し悩んでるの」
「そうなんだ」
「別に、提督が嫌いという訳ではないのよ。
 でも、提督にはもう、扶桑さんがいるでしょう?」
「うん」
「きちんと家庭を持ってる人と関係を持つって、正しいこと、なのかしら」

なんとなくだが、翔鶴が何を悩んでいるのか分かる気がした。
翔鶴は何事もきちんとしたがる。筋を通すことに拘るところがあった。

艦娘は海軍内部でも特別な立場として扱われている。
提督を初めとする海軍の将兵が私的に関係を持つことは禁じられていた。
ただし、例外的に契りを交わすことで能力向上が認められた艦娘に関してはそれが許される。
逆に言えば、条件を満たす複数の艦娘が提督と契りを交わすことも認められていた。

それでも、翔鶴はどこかで釈然としないのだろう。
瑞鶴にもその気持ちは分かる気がした。

「ねぇ、瑞鶴はどう思う?
 もし、私が提督と契りを交わしたら、私のこと、汚いって思う?」
「そんなこと思う訳ないでしょ。
 契りの話だって、提督さんが言ってきたことだし、翔鶴姉が気に病むようなことじゃないよ」
「そう、かしら」
「うん。それに、長門さんや神通さんだって交わしてるんだよ?
 翔鶴姉は心配し過ぎだって」

翔鶴は苦笑いを浮かべた。

「ありがとう、瑞鶴。もう少し考えてみるわ」
「うん、翔鶴姉が納得するまで考えた方が絶対いいと思う」
「そうね」

翔鶴が頷き、もう一度、息を吐いた。

「私だけなら良かったのに」

ぽつりと翔鶴が呟く。冗談を言っている様でもなかった。

――もしかして、翔鶴姉って提督さんの事、好きなのかな?

瑞鶴の頭にそんな思いが過ったが、本人に聞く訳にもいかない。
姉の呟きが聞こえていないふりをして、瑞鶴は黙ってお茶を啜った。


 十人十色


「ねぇ、契りを交わすってどうなのかな」

瑞鶴の言葉に、一緒に食事中の艦娘がぴたりと動きを止めた。
対面に座っている雲龍が小首を傾げる。

「瑞鶴、提督とエッチしたいの?」
「違うわよっ。もしも、もしもの話だってば」

あまりに直球な雲龍の表現に、瑞鶴は思わず声を上げた。

「そう、瑞鶴から契りの話が出てくるなんて思わなかったらびっくりしたわ」
「びっくりしたのは、こっちよ。恥ずかしいじゃない」
「そうかしら」
「どうせ、瑞鶴のことだから、翔鶴が契りを交わしたのが気になってしょうがないんでしょ」

飛鷹が言った。

「よく分かったわね、飛鷹」
「当たり前でしょ、貴女達姉妹とは付き合い長いんだから」
「そういう飛鷹はどうなのよ?」
「私はパスね。沢山いる中の一人の扱いなんて嫌だもの」
「それ、翔鶴姉の前で言わないでよね」

あれから散々悩んだ末、翔鶴は提督と契りを交わした。
瑞鶴は翔鶴がどのような想いで決断したのか聞かなかった。
ただ、翔鶴がきちんと自分で決めたことなのだから、無下にしたくはない。

「言わないわよ。ただ、私がそういう立場になるのが悔しいってだけ。
 強くなれる可能性があるっていうは魅力的だけれど。隼鷹も同じ意見だと思うわ」
「そうなの?」
「あの子、普段の振舞いで誤解されがちだけど、芯は真面目だもの」
「へぇ」

ちょっと意外だったが、言われてみればそんな気もする。

「じゃあ、瑞鳳と雲龍は?」
「え、私?」

瑞鶴の問いに、瑞鳳が慌てた様子でうーんと唸り始めた。

「ちょっと今は決められないかなぁ。なんか恥ずかしいし」
「雲龍は強くなれるなら別にいいけど」
「そっか。みんな、バラバラだね」
「まぁ、そんな先のことなんて今、考える必要ないんじゃない?
 この中で一番、練度が低いの瑞鶴なんだから」

飛鷹の指摘は厳しいが間違っていない。
この中で瑞鳳と飛鷹の練度が同等、次が雲龍で瑞鶴はそれより少し劣る。

「ふんっ、すぐに追いついてみせるんだから」

言って、瑞鶴はお昼のカレーをかっ込んだ。



翌日、瑞鶴は秘書艦用の部屋で大淀から仕事の引き継ぎを受けていた。

「はい、以上です。何か質問はありますか?」
「えと、改めて確認なんだけど、私で本当に秘書艦なんてつとまるのかな?」

瑞鶴が自信なくそう尋ねると、大淀はにっこりと微笑んだ。

「ずっと同じ任務ばかりではなく、秘書艦の経験も皆に積んでもらおうというのが提督の意向ですから」

提督の秘書艦は長らく扶桑が務めていた。
ただ、今は姉の翔鶴らと共に中部海域の攻略に赴いて不在となっている。
その間、提督は専任の秘書艦を置かず、若手の艦娘に交替で担当させるようにしていた。
期間は数日程度で、それほど長くもない。
緊急の対応が入った場合には経験のある艦娘が支援に入ってくれることになっている。
それでも、瑞鶴としては不安を隠せなかった。

「私、デスクワークってあんまり自信ないんだけどなぁ」
「大丈夫、瑞鶴は優秀だからすぐに慣れますよ」
「おだてても何も出ないって。まぁ、頑張ってみるね」

ふぅとため息をつき、それから隣室の執務室に入った。
秘書艦の部屋は提督の執務室と廊下にいちしている。
提督への来客の取次も仕事の一つだ。

「今日から秘書艦を担当することになりました、瑞鶴です。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそよろしく」

提督が柔和な笑みを返す。

「瑞鶴は秘書艦の仕事は初めてだったな。
 何か聞いておきたいことはあるかい?」
「いえ、大淀に確認済ですので。問題ないです」
「分かった。初めは戸惑うことも多々あると思うが、まぁ、一緒に頑張っていこう」
「はい」

提督とその補佐役の秘書艦の仕事は予想以上に多忙だった。
特に最近、こちらの攻勢を阻害するように南方海域で再び深海棲艦の動きが活発化しているらしい。
午前中はその対応の為に、鎮守府のスタッフや本土防衛の総指揮を執る長門との打ち合わせだけで終わってしまった。
その間、瑞鶴は話の内容をできるだけ細かく書き留めていった。
打合せの後は議事録を提督に提出しなければならない。
ようやく午前中の後始末が終わった時には昼休みに入っていった。

「間宮さんの所のカレーは絶品だな」

美味そうにカレーを頬張る提督。
どこかのんびりとしていて、どうにも頼りない感じがする。

――翔鶴姉、この人のどの辺を好きになったんだろ?

そんな疑問が頭を過るが、勿論、口には出さない。

「西方海域はどうかな、瑞鶴?」
「まぁ、そこまで大変って訳では。
 あの海域の敵に出てくる敵は旧式が多いですし。
 勿論、現場にいる時は油断したりしませんけれど」
「そうだな。戦場では何が死につながるか分かったもんじゃない。
 赤城の言う通り、慢心はよくない」

提督との会話はそんな感じで、二言、三言で終わる。
どうやらあまり会話は得意ではないらしい。
それでも、提督が艦娘達を気にかけていることだけは分かった。

昼休みが終わると、また忙しくなってきた。
上って来た報告書に提督が目を通している間、瑞鶴はスケジュールの管理からお茶の準備まで色々やった。

途中、護衛艦隊の龍田が執務室にやって来た。
護衛艦隊への新しい駆逐艦と対潜装備の配備に関する打ち合わせだ。

龍田との打ち合わせが終わった後、入れ替わるようにして明石がやって来た。
明石は今、工房を一つ預けられ、艦娘用の武装強化に取り組んでいる。
今の所、大きな効果は確認されていないようだが、今後の作戦に備えて地道に研究を重ねることが決まった。

「明石の奴、少しは元気になってくれたかな」

明石が部屋を退出した後、ぽつりと提督が呟いた。
何のことかと瑞鶴が尋ねる間もなく、次は糧食艦の間宮が入って来た。

先日、鎮守府が拡張され、更に艦娘が増えたことで食糧や生活品などの軍需物資が不足気味になりつつあるという。
提督は難しい顔をしていたが、食糧事情ということもあり、間宮も懸命に訴えを続けた。
結局、提督が上層部に掛け合ってみるということで一先ずは決着した。

「提督さん、次は大和さんとの面談の予定ですけど」
「ああ、もうそんな時間か」

椅子にぐったりと座り込んでいた提督が軍帽を締め直し、姿勢を正した。
しばらくして大和が執務室にやって来た。

「まぁ、座ってくれ」
「失礼します」

丁寧な仕草で大和が椅子に座る。
瑞鶴は二人分のお茶を入れて、応接用のテーブルの上に並べた。

「お話とは、契りの事ですか?」

契りという言葉に、瑞鶴はぎくっとした。
大和は真剣な眼差しで提督を見つめている。

「よく分かったな」
「私は長門さんや扶桑さんと違って艦隊旗艦ではありませんし、別の要件だとしたらそれぐらいしか思い当りませんでした。
 それに、自分の力量の限界ぐらい察することができますから」
「良い勘だ。それで」
「お引き受けいたします」

大和がにっこりと微笑む。

「いいのか?」
「それが大和の務めかと。それに提督?今更、いいかどうか尋ねるなんてずるいと思いますけど」
「すまんな」
「お気になさらず。提督の一生懸命さは私、嫌いではありませんから」

提督と大和の会話を聞きながら、瑞鶴は微妙な引っ掛かりを覚えた。
何か暗黙の了解の様なものがある様に思えるのだが、それが何なのか今一つはっきりしない。

「ですが、提督。契りを交わすにあたって、大和にも一つ条件があります。聞いていただけますか?」
「聞こう。条件とは?」
「それは」

大和がちらりと瑞鶴の方を向く。瑞鶴は小さく咳払いをした。

「私、席を外しますね」
「あ、うん」

瑞鶴は隣の秘書艦用の部屋に戻り、椅子に座った。
それから、ちらりと入って来た執務室の扉に視線をやる。
防音性に優れた壁と扉に遮られ、中の会話はほとんど聞こえない。

なんというか生々しいものを見てしまった気がする。
任務のことでも考えようと机に置かれた書類をパラパラめくるが、全く頭に入ってこない。
そうこうしている内に、扉が開き、大和が退出してきた。
瑞鶴は大和と会釈し、そのまま廊下へと去っていく。

何を話したのか。その後ろ姿に問いかけたいという誘惑に襲われたが、それは抑え込んだ。
私的な、それも男女の色恋沙汰に首を突っ込むほど、瑞鶴も野暮ではない。

入れ替わるようにして執務室に入ると、提督が困った表情を浮かべて、何やら考え込んでいた。

「大和さんは引き受けられたんですか?」
「まぁな」
「それは良かったですね」

提督は苦笑いを浮かべて頭を掻く。
瑞鶴の胸中は複雑だった。
提督が姉以外の艦娘とも関係を持とうとしている。
そう思うと、やはりどこか納得できないし、気分も良くない。

――子供なのかなぁ、私。

そんなことを想いながら、瑞鶴は黙々とお茶を片付け、次のスケジュールに目をやった。

その日の夜、翔鶴と一緒に食事をした。

提督のことを思い悩んでいる翔鶴。

瑞鶴もまた今日見た出来事を話すべきか思い悩んだ。


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